田舎の無人駅に「現代アート」出現

田舎の無人駅がアート作品に大変身
 青森県田舎館村にポツンとたたずむ無人駅の構内に、ある日突然、異次元アートが出現した。そのギャップに、ネットでは「アートすぎる駅」と話題だ。世界的にも活躍する同県在住のアーティスト・GOMAさんの作品で、無人駅をアートにしたいという要望に、「田んぼアート」で知られる弘南鉄道が応えた。担当した弘南鉄道の中田正志さんは、「不安な毎日が続く今こそ、アートの底力を感じてほしい」と思いを語る。

■外観とのギャップが衝撃の「現代アート」、無人駅になぜ

 青森県の西部に位置する弘南鉄道の一駅、田舎館駅。2両編成の列車が、1時間に1本、多い時間帯でも2本のみ停車する、いわゆる田舎の無人駅だ。

「薄暗くて怖い駅」というイメージも感じさせるこの駅の待合室が、突然、現代アート風のイラストに埋め尽くされたのは5月15日。ネットで写真や映像が公開されるや否や、築70年の古びた外観と内観のギャップに話題騒然。瞬く間にSNSで拡散され、「素晴らしい」「外観からは想像できない別世界」「生で見たい」という声が寄せられ大反響となった。

 アートステーション誕生のきっかけは、今から約2年前。青森県平川市を拠点に活動するアーティスト・GOMA氏が、アート活動を通じて関わりがあった弘南鉄道の営業課の担当者と「無人駅を舞台にしたアート作品をつくりたい」と語り合ったことだった。

「素晴らしいアイデアだと思って、とても嬉しかったです。社内を説得するにはどうしたらいいか、正直、悩みましたが、強行突破するつもりでいました(笑)。最終的には、GOMAさん同席のもと上層部に提案し、スムーズに受け入れられました」(弘南鉄道/中田正志さん)

 地元民からも大好評で、駅舎に置かれた感想ノートには、「いつまで居ても飽きない」「感動をありがとうございます!」など、コメントがびっしり。

 中田さんも「みなさん感動してくださいました。観覧のために、ご老人から園児まで、家族総出でたくさんのお客様が田舎館駅に来てくださっています」と喜ぶ一方、「ただ、現在お越しいただいているお客様は、ほとんど自家用車ですので、電車利用につながることを期待しています」と笑う。

■「田んぼアート」は中止に…コロナ禍で無人駅アート実現させた思い

 そもそも弘南鉄道といえば、田舎館村が村おこしの一環で1993年にスタートさせた「田んぼアート」の会場そばの「田んぼアート駅」で有名だ。田んぼをキャンパスに見立て、色の異なる稲を絵の具の代わりに、巨大な絵を描く田舎館村の田んぼアートは、その緻密さと芸術性の高さで海外メディアからも注目されていた。

「定期外での弘南線の利用者は年間約37万6000人で、とくに、『田んぼアート』や、冬の田んぼアートの『スノーアート』の時期は、多くの観光客がお見えになっていました。海外からのお客様を正確に把握するシステムがありませんが、コロナが発生する前は、海外からのお客様もかなり多かったです」(弘南鉄道/中田正志さん)

 今年も、「田んぼアート」は、2ヵ所の会場で、〈モナリザと湖畔〉〈エヴァンゲリオン〉というタイトルで超大作を制作し、7月中旬~8月中旬、見ごろを迎える予定だった。しかし、新型コロナウイルスの影響で、残念ながら中止に。そんな中、取り組んだのが、田んぼアート駅の隣の田舎館駅のアート化だった。

「最初に構想が持ち上がった時、当社では、他のイベントの準備があったり、脱線事故があったりで、実現できないまま時間が過ぎてしまいました。今年に入って、新型コロナウイルスの影響で、参加する予定だったイベントが中止となったGOMAさんから、『地元に元気を出してもらえることができないか』と提案を受け、弊社としても、『田んぼアート』が中止になったこともあり、無人駅の装飾に取り組むことになったんです」(弘南鉄道/中田正志さん)

 弘南線は、12駅中6駅が無人駅。田舎館駅が選ばれたのは、「内部が写真を撮るのに十分な広さであること」「〈観光地〉として多くの人に見に来てもらえるよう駐車場があること」が決め手だった。

 しかし、コロナ禍の影響で、こんな苦労もあった。

 完成前から、個人のSNSで制作過程の情報が発信されることもあり、「ステイホームを呼びかけている中で、お客様を呼び込もうとする企画をPRしている」という怒りの声も、弘南鉄道に寄せられてしまったのだ。

 そのため、同社では、アート公開に合わせて、YouTube弘南鉄道WEBサイトチャンネルに動画をアップ。公式ホームページで、田舎館駅装飾完成を報告するとともに、「落ち着くまでは・・#StayAtHome で上記動画で体感していただき、弘南線に乗り、田舎館駅構内に描かれたアート作品を観に来て下さい!」とコメントを添えた。

 6月19日には、いよいよ県をまたいでの往来が全国的に可能になるが、田舎館駅が中止となった「田んぼアート」の来客の穴を埋めることができるのか。大きな期待が寄せられている。

■「人々の心を豊かにする」、今こそ感じたいアートの持つパワー

 これまで「田んぼアート」に「スノーアート」、石で絵を描く「ストーンアート」など、数々のアート企画を手掛けてきた弘南鉄道。地元住民との交流や地域活性化にアートを積極的に活用している。

「10年ほど前から、地元の弘前大学の学生や沿線高校の生徒で、とくに美術やデザイン専攻の方から、電車を使って、『こういうことをしたい』『こんなことしてみたい』という企画をいただいていています。予算での協力はなかなかできませんが、車両や人的な協力を行ってきました」(弘南鉄道/中田正志さん)

 たとえば大反響だった「ごろごろ列車」。弘前大学の学生からの提案で、夜の電車内の室内灯を全て消して、キャンドルの灯りの中でアコースティックライブの演奏を聴きながら、床に敷いたマットにゴロゴロするイベント列車だ。

 ほかにも、地元・大鰐に伝わる和紙で作った“らんたん”を社内に数百個吊るし、終点駅までその灯りの中で過ごす「おおわにらんたん列車」(第1回はGOMA氏による企画で実現)。弘前大学の学生が主体となり、中央弘前駅の空き室を利用してギャラリーを開設、写真展などを行っている「ギャラリーまんなか」など実施した。

 どの企画も大盛況で、地元住民のアートへの関心の高さがうかがえる。

「皆様、田舎のイメージをお持ちだと思いますが、私は、この地に、幼稚園児や小学生が日頃から何気なく本物の作品やそれぞれのアーティストの感性に触れられるような世界を作りたいと思っているんです。さらに、地元の人がたくさんの美術作品やデザインに触れて、多様性のある感性を磨くとともに、その感性を地元から発信するお手伝いもできればと考えています」(弘南鉄道/中田正志さん)
 
 今後、実現したい企画については、「利用者が利用者目線でやりたいことをやるのが一番」と中田さん。

「会社が考えると、利益を考えてしまうのでタブーだと思いますから…。新しいアイデアが、感動を生みますからね」

 9年前、東日本大震災の復興支援において、多くの文化芸術関係者や企業がアートを活用した支援活動に取り組んだ。その結果、多くの感動を呼び起こし、文化芸術が地域復興や人々の心のケアに果たす役割の大きさを証明したことは記憶に新しい。ウイズコロナ時代に突入し、長い闘いが予想される今、人々に、安らぎ、希望、感動を与え、笑顔をもたらすアートのパワーは、ますます重要となることだろう。
(文/河上いつ子)

(提供:オリコン)


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