2014/11/27 名古屋友禅
300年以上にわたり受け継がれている伝統工芸「名古屋友禅」。華やかな京友禅、繊細な加賀友禅に対し、渋さが特徴の名古屋友禅は濃淡で描く、模様や色数を抑えた淡彩濃淡調で、素朴で美しく、その幽玄さに多くの人が魅了されています。

名古屋友禅は、1730年代に、享保の改革の「倹約政策」に反し、華麗な尾張文化を築いた尾張藩主徳川宗春が栄えさせた文化です。江戸や京都から職人が行き来することで友禅の技法が伝わったと言われています。

しかし宗春失脚後、質素倹約が励行されるようになり、友禅も奇抜な色を使わず、落ち着いた色使いで色数も抑え、“渋”く落ち着いたものになったそうです。それが「名古屋友禅」と呼ばれ親しまれ、尾張や美濃は絹織物が盛んであった事から今なお受け継がれています。ちなみに名古屋友禅には「型染」「手描き友禅」「黒紋付染」があるそうです。

ラジオの前のあなたは、最近、お着物はお召しになりましたか?いよいよ来週月曜には12月、師走入りですし、2015年のお正月に向けて、お着物の準備もはじめませんか?
2014/11/20 久屋大通公園のホコ天
今週末は紅葉を楽しみに山に向かう方も多いでしょうか?実は名古屋市内、久屋大通も
秋のお祭りで盛り上がりそうですよ。

今日から24日(月・祝日)まで久屋大通公園の北側で東西に横切る道路2本を車両通行止めにし、歩行者天国が始まっています。

これは、名古屋市が、去年6月にまとめた「まちづくりの基本方針『栄地区グランドビジョン』」に盛り込まれた久屋大通公園の再生の取り組みです。

期間中は、近い将来を見据えて、社会実験として、久屋大通公園周辺の歩道にテーブルや椅子をおいて、公園周辺の飲食店のオープンカフェを従来よりも数カ所増やし、カフェを囲う柵に企業の広告看板を付けることも特例として認め、南側に比べて、比較的に人の少ないテレビ塔の北側を賑やかにします。農産物直売やライブなどのイベント「NORTH HISAYA FESTIVAL」も開かれるそうですよ。

ちなみに、期間中、新たに歩行者天国になるのは、外堀通に近い、久屋大通の北側で交差する、京町通と魚ノ棚通の公園横断区間で、車両通行止めの歩行者天国になります。

今日から24日(月・祝日)までの朝7時〜夜7時までです。久屋大通公園も紅葉が始まっています。ぜひオープンカフェで紅葉を楽しんでみてはいかがでしょうか?
2014/11/13 五色園・大安寺
1934年、昭和9年、のちの大安寺の初代管主の森夢幻氏が建設した、日進市の五色園をご存知でしょうか?

20万坪の広大な敷地に、親鸞聖人の生涯を再現する塑像を配置した日本で唯一の宗教公園「五色園」。松・竹・梅・桜・紅葉にちなんでつけられたもので、四季折々の自然が楽しめます。

園内には浄土真宗の大安寺があり、園内には、親鸞聖人の教えを視覚的に表したコンクリート像が多数置かれています。

武士やお坊さんなど、その数100体以上が物語を表現するように配置されています。作者はでコンクリート像作家として知られる浅野祥雲氏。 とても個性的な作品は珍スポットやB級スポットとして全国的に知られています。

その浅野祥雲作品の研究者として有名な名古屋在住のフリーライター大竹敏之さん自らが、五色園内の浅野祥雲作品を説明してくれる「大竹敏之と巡る五色園内ツアー」が今度の日曜日、11月16日に行われます。

このツアーは、五色園・大安寺で行われる「大安寺バザール」の一環として行われます。当日はライブやダンス、縁日なども行われるそうです。11月16日(日)、紅葉も美しい日進市の五色園・大安寺にお出掛けになってください。
2014/11/6 天守閣木造復元
徳川家康が加藤清正らに命じて、1612年に天守閣が完成した名古屋城。空襲で天守閣と本丸御殿などの大半が焼失し本丸御殿は2018年の完成を目指して現在、復元工事中ですが、
さて、今、注目されているのは、「天守閣を木造復元するかどうか」です。

9月に行われた、名古屋城天守閣の木造復元について話し合うフォーラムで河村市長は「東京オリンピックに間に合わせるには、来年度から計画を進める必要がある」と力説。
復元を公約に掲げているだけにその意気込みは強いようですが工事費は400億円にも上るとされ、耐震改修した場合の29億円に比べ巨額で、今、改修か復元かで検討が続いているようです。

そもそも天守閣は1945年5月の空襲で焼失。戦後、「二度と燃えたり壊れたりしないように」との願いが込められ1959年に鉄骨鉄筋コンクリートで再建されました。
城内には2基のエレベーターが設置され、高齢者や車いす利用者にも見学しやすくなっています。しかし、本物感は薄いのが残念なところ。そこで「木造での復元を」との声が出ているようです。

では、なぜ「木造復元」にこだわるか…それは、昭和初期に行われた調査による詳細な図面が残されていて、「復元が可能な唯一の城だから」。

文化庁は、記録に基づく木造復元以外の再建は認めていないため、今、名古屋市は復元に向けて課題を検討しているようです。

さて、取り壊してまで復元する必要があるのか、耐震改修だけで済ますのか、「尾張名古屋は城でもつ」とうたわれる名古屋城を元に戻すか…あなたならどちらを選びますか?
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